森鴎外「舞姫」の太田豊太郎がドイツ留学から帰国する際の離欧の地はイタリアのブリンディジと記されている。鴎外自身はマルセイユを経由しており、ブリンディジは小説的虚構である。ではなぜ、近代日本人の欧州航路にないブリンディジが選ばれているのか。本稿は、その必然性を「舞姫」という虚構作品の内的必然性として解明したものである。作者鴎外は、主人公太田豊太郎に「手記」を記述させるにあたって、〈未知〉の状況を設定する必要があった。それは「航西日記」とは対極の記述方法であり、鴎外における〈書くこと〉の転換点をもたらしたのである。