『雁』の成立過程に2年間の空白期間が生じた原因について考察した。鷗外が結末直前で執筆を中断したのは、多様な創作活動を続けていたことによる時間的な制約など外的要因のためとされているが、本稿では『雁』という作品自体が内包する矛盾が原因であることを指摘した。当時、社会現象となっていた〈新しい女〉に共感、支援していた鷗外は、女性主人公の内面的成長=自立への渇望を容認できるか否かという問題に逢着し、結論を保留せざるを得なくなった。女性主人公の自立の欲望の正当性を認めつつ、それに応えてしまうと男性的価値規範が崩壊する。こうした矛盾を解決すべく導入されたのが「偶然」の力による破局という方法である。この小説の結末の妥当性についての迷いが、2年に及ぶ空白の原因であると結論した。