歌人吉野秀雄の文学的萌芽期に関する研究である。10代の彼の作品としては、三編の小説が書かれていたことが日記等からわかっている。最初の小説は、数え年17歳の時に書かかれた『Yの悶へ』で、原本は、神奈川近代文学館「吉野秀雄文庫」に収蔵されている。その後妻となる栗林はつ子に対する当時の吉野秀雄の思いを描いた作品で、『Yの悶へ』の「Y」とは、吉野秀雄自身のことである。そして、吉野秀雄が数え年で19歳の時に書いた日記には、俳句や短歌、そして小説の草稿原稿ではないかと思われる作品がいくつか見ることができるのだが、その中に、手紙形式で書かれた二つの小説が記載されている。『T先生へ|』と『Fへ』という小説である。「T先生」とは、小学校の担任の先生のことで、「F」とは、昭和初期に日本で初めてシュールレアリズムを紹介した洋画家福沢一郎のことではないかと考えられる。