大正9年12月9日に、吉野秀雄ははつ子宛第三通の書簡を投函している。はつ子から届いた二通の手紙によって、自分への愛を確信した吉野秀雄は、三通目の手紙の中で早くもはつ子に対して結婚を申し込む長文の手紙を書いている。二人の恋愛は、いい加減な気持ちからなのではなく、「真剣な命懸けの恋」であること。そして二人はもう立派な大人であり、「一個の人間であることを、はっきり(両親に)認識して貰ふことが必要」であることを、吉野秀雄ははつ子に対して切々と訴えかけている。しかし、郵便局員からの指摘で、二人の関係が発覚しそうになったこともあったようで、人目を忍び、手紙を出すことさえ細心の注意を払わなければならないことに、はつ子が精神的に疲れ、弱音を吐くのだが、吉野秀雄が懸命にはつ子を叱咤激励している。吉野秀雄は、最後には箇条書きまでして、具体的に、二人が結婚に至るまでの将来の計画を示している。十九歳でプロポーズはするけれども、実際にはつ子と結婚することを考えているのは、吉野秀雄が慶應義塾大学を卒業する二十四歳以降であること。そして、その時までは、なんとか自分を信じて待っていて欲しいということを、吉野秀雄は、切々とはつ子に訴えかけるのであった。