自由恋愛が許されない当時の日本の社会では、吉野秀雄が寄宿舎で聞いた「真面目なRさん」の破局話のように、たとえ二人が好意を寄せ合っていたとしても、親の許可が得られなければ思い通りにいかないことは、吉野秀雄もはつ子もよく知っていた筈である。だからこそ二人は、何度も何度もお互いの愛情を手紙を通して確認し合い、結婚まで約束して、こうして二人は、翌大正10年正月に、富岡へ帰省した折に、再会することを約束するのであった。ところが、二人は結局は会うことができず、空しく富岡の地を離れなければならなかった。年末年始の多忙な折に、家族の目を盗んで二人の時間を設けることは、とてもができなかったのではないかと想像される。しかもあろうことか、翌大正10年1月8日に、吉野秀雄は妹の俊子から、はつ子に結婚話が来ていることを聞かされて仰天してしまうのであった。