昭和の銭湯の浴場壁画において、富士山のある風景を描いたペンキ絵はよく知られているが、スイス風の湖畔のアルプス風景を描いたモザイクタイル画の数も非常に多かった。とくに1960~70 年代に顕著であり、設置箇所や大きさも様々で、壁面全体を覆うものから絵画のように小さいもの、間仕切壁、脱衣所の壁など、銭湯によってはあらゆる箇所がこのモチーフで統一されることもあった。スイス風といっても、明らかにシヨン城のあるレマン湖畔のダン・デュ・ミディを描いたものから、そこから着想して似たようなもの、似て非なるもの、架空の洋風の家々、教会のような建物が湖畔にあるハルシュタットの風景のようなものなど、亜種や変化形も数多く出回った。そのほとんどがピクチャレスクで可愛らしい絵柄であるので、この流行は、日本人によるマナスル初登攀による登山ブームだけでは説明できない。むしろ海外旅行自由化による、異国への憧れのほうが強く、その象徴がスイス・レマン湖とアルプスであり、それを元にした架空のスイス風の理想風景が、高度経済成長期の銭湯での癒しの桃源郷となっていた。