レイモンド・チャンドラーが、ミステリーの黄金時代の作家は、世の中の動きを見ず、「自分のことだけにかまけて、自分で自分の問題を解き、自分の質問に答える」だけであると批判したことはよく知られている。しかし、アガサ・クリスティーに関して言えば、彼女の作品には2つの世界大戦の経験が明らかに反映されている。特に、第二次世界大戦が人々に与えた影響ー大切なものを失い、傷ついた人々や、戦争中のつらい体験で人生が止まってしまい、前を向けなくなった人々ーをクリスティーは鮮やかに描いた。この論文では、戯曲「三匹の盲目のネズミ」とそれを基にした短編『ねずみとり』を取り上げて、クリスティーが実在の事件からヒントを得て作品を書いたこと、彼女が世の中の動きに向き合い、当時の人々の心に寄り添ったことを論証した。