2014年度の主要業績であり、原稿用紙200枚相当。『東洋文化研究所紀要』第165冊に掲載された論文の続編で、1948年のイスラエル内閣閣議議事録(ヘブライ語)の第1巻(1948年5月後半)に扱われている危機の二週間の閣議を分析する。この時期はイスラエル国家が市民国家となるか、アラブ人を排除する「ユダヤ人民族国家」になるかが意外に流動的であり、国家の方向性をめぐる激論が内閣で交わされていた。詳細な分析の結果、従来言われてきたような「アラブ人追放政策」はこの時期の内閣レベルでは少なくとも存在しなかったと結論する。また、5月26日閣議の大幅な削除部分は、現在も論争になっているタントゥーラ村におけるアラブ人追放と虐殺事件に関する審議であった可能性が高いとも結論する。査読者からは、国家形成と民族問題の研究一般にも影響を与える業績であるという趣旨のコメントを寄せられた。