フーヴァー大統領の回想録『裏切られた自由』(Freedom Betrayed)等の著述を主な素材とし、戦間期・第二次大戦期の米外交における「自由」と「介入」について考察した論考。「イスラーム国」とアメリカの対峙によって生じている危機の根源を明らかにするという筆者の学問的課題の一部をなす。アメリカは何故「自由」を掲げて他地域への軍事介入を繰り返すのかという疑問を念頭に、今日のアメリカの対決的なイスラーム外交の根底にある精神の歴史的起源を、戦間期・第二次大戦期の米外交における「自由」と「介入」の位置づけを考える事により解明しようとする。「自由の為の介入」という概念自体は米西戦争に遡るが、これを構築し直したのがウィルソンとローズヴェルトであった。この「自由の為の介入」の精神が<反イスラーム>精神と合流したところに、中東への軍事介入を続ける今日のアメリカの集団的心性がある。またアメリカの<反イスラーム>は古いヨーロッパ的偏見のみならず、反共精神を生み出したのと同じ「自由主義を絶対化する自由主義」、すなわち近代的・特殊アメリカ的精神に淵源を持つのではないか、というのが本稿の暫定的結論である。