本稿はウッドロウ・ウィルソンと18~19世紀英米思想の関連を考察するものである。E.H.カーは『危機の二十年』の中で、ウィルソン大統領をはじめとするヴェルサイユ講和会議の指導者が18世紀ヨーロッパ思想の影響を強く受けていた事を指摘している。特に米国人であったウィルソンの考えた「民主主義」は当時の史料を繙くと普遍的な装いを帯びながらもその内実は「米国的」「西欧的」であった事が読み取れる。本稿はこの意味でのカーの指摘の正しさを改めて考究するにとどまらず、18~19世紀の英米の民主主義観に沿ってウィルソンが提示した<米国型民主主義>が今も、非英米的な価値観を持つイスラーム圏・ロシア・中国などの地域と米国との間に分断をもたらし続けているのではないかという問題意識の下に、ウィルソンと18~19世紀英米の政治思想の関係の一端を、民主主義と専制、古代ギリシア、オスマン帝国という三つの要素に対するウィルソンの青年期(1873~79)の思考をたどる事によって考察しようとするものである。